掘割に鯉が泳ぐ城下町、津和野。中心部から離れ、萩方面に抜ける県道13号線を進む。津和野川に沿って手入れされた田圃が続く。すると突然、風格ある明治時代の洋館のような素敵な建物が現れた。前庭に植えられている植物の側に、効能が書かれたプレートがある。牡丹、ヒヤシンス、芍薬も薬草なんだ。感心しながら館内に入る。長い廊下の先にはゆらぎのある昭和レトロなガラス窓。歩を進めると、なんだかタイムスリップしていきそうだ。
梁など、復元されたレトロな空間になじんでいる椅子、テーブル、棚などは、建築を学んだ店主セレクト。
鉱山業で財を成した津和野の実業家、堀礼造氏が地域医療のために明治時代に創設した畑迫(はたがさこ)病院。閉院後、2005年に文化財に指定され修復。2016年から医食の学び舎として開館している。その一角でカフェを営むのは、千葉県出身の大江健太さん。建築を学び、町づくりに興味があった大江さんは、旧畑迫病院再生と同年、島根に移住した。
地元の人と田植えをしたり、味噌づくりなど暮らしや手仕事を学ぶワークショップも開催している大江健太さん、梨さん夫妻(左・中)と、野菜ソムリエで料理教室も開催している谷口志津子さん(右)。
医食同源。
先人の知恵、食を通じて多くの人を健やかに
薬に頼らず食事でアトピーの症状が抑えられた大江さんは、「食を大切にすること」を皆で共有できる場所を求めていたところ、縁あって旧畑迫病院へ。大江さんはこの建物と豊かな自然がある環境に心が躍った。その3ヶ月後、「糧」をオープン。
SNSにアップされたレトロな空間と色鮮やかな野菜料理に魅かれて、山口や広島などからも訪れる。まわりに何もないから特別な空間。深い緑に時折目をやりながら、ゆったりとした時の流れを楽しむ。
自家菜園で谷口さんが早朝に収穫した野菜を使った平日限定ランチセット(1100円)。内容は日替わり。土・日・祝日は津和野野菜料理をビュッフェスタイルで楽しめる。
地元産の米、朝採れの新鮮な野菜。化学調味料を一切使わない味付けはとても優しく、甘・苦・酸味といった食材の味を引き立てる。調理は野菜ソムリエの谷口志津子さんを中心に、地元在住の8名が協力し合う。野菜中心だが旬の野菜やジビエなど、その時に手に入った食材も使う。「二十四節気七十二候。日本には七十二の季節がある。季節の移ろいと共に暮らしの準備をするのが自然なこと」と大江さん。季節の恵みが明日を生きる糧となる。
文/石原美和
出典:さんいんキラリ 秋号 No.50
こんなところにカフェがあるなんて、おどおどしながら向かった糧は、文化財指定の建物内にある。ノスタルジックな趣をいかした店内で、里山の景色を眺めながら朝採れ野菜を使ったヘルシーランチが愉しめる。近隣にある旧堀氏庭園とセットで再訪したい。