夏が近づく某日、私たちが取材で訪れたのは鳥取県の中部。県内三大河川である天神川、その流域にある湯梨浜町の穏やかな農村の中で、木と向き合いものづくりを行うある人を訪ねました。
木の風合いが活かされたサラリとしたお皿に、丸みを帯びた優しい形のスプーン、そして取手のついたカップ。それらは全て一枚の木から作り出されたもの。見た目の美しさはもちろん、手にとってこそ気づく木の温かみにはなんとも言えない親しみやすさを覚えます。今回ご紹介するのはそんな職人技がキラリと光る木の作品を作り出す、『ドモク堂』朝倉康登(あさくら やすのり)さんです。
朝倉さんが作っているのは、主に木のお皿やカトラリー、そして家具などの日常に寄り添った道具たち。まずは朝倉さんが湯梨浜でものづくりを始めるに至った経緯についてお聞きしました。
■一本のスプーンから始まった木工の道
朝倉さんは湯梨浜町のご出身。しかし高校進学を機に埼玉へ転居し、その後は東京の金属加工の会社で働かれていました。金属加工の仕事を選んだ理由はものづくりに興味があり、町工場で働いてみたかったからだそうです。
そして木工との出会いは、陶芸家として活動されるお義父様・お義母様の「最近カトラリーが流行ってるらしいよ~」という一言から。これがきっかけとなり、小さいころ親戚の大工さんに貰った端材で何か作ったりしていた時の「木工が好き」という記憶を思い出し、早速道具を買って趣味としてカトラリーづくりを始めたのでした。
そんな朝倉さんが初めて作ったのは一本のスプーン。現在のように工房を持っていた訳でもないので、作業場所は自宅のキッチンのシンク。時にはお仕事の休憩時間に制作することもあったそうです。お義父様・お義母様のちょっとした一言から突然始めたスプーンづくりでしたが、朝倉さんはその魅力にどんどんと気づいていきました。
▲現在朝倉さんが作られているスプーン。滑らかな形でとっても使いやすそうです。(画像:ドモク堂のInstagramより)
しかしその数ヶ月後、思いもよらぬ事態が起こります。
それは2011年3月11日、東日本大震災の発生です。
この震災は朝倉さんにとって自分の生活について考え直す機会にもなりました。震災前から「いつか地元に帰って、自分のライフスタイルを確立したい」と考えていたこともあり、その後間も無く奥様、そしてお腹にいるお子様と共に鳥取に帰ることを決意。スプーンづくりを始めた僅か数ヶ月後には、鳥取での新たな生活が始まったのでした。
▲カトラリー用の木型。今ではたくさんの種類のカトラリーを作られています。
■地元への回帰
生まれ育った鳥取・湯梨浜町に帰ってきてからは、農業用のビニールハウスを建てるお仕事をされていたという朝倉さん。そのお仕事の傍らにもスプーンづくりのため、色々な機材を買い揃えていかれました。
「ガレージとか、そういうものもない都会じゃできなかったこと。鳥取に帰って来たら機械を置ける倉庫もあって、ハウス屋さんもしながらスプーンづくりも自然と本格的なものになっていきました」
さらに朝倉さんのお姉様は元々絵を描いたりするような活動をされていたことから、朝倉さんも鳥取でものづくりに関わる方々とお知り合いになることができたそうです。その繋がりで鳥取県倉吉市にある雑貨店『COCOROSTORE(ココロストア)』の方から、「うちに置いてみる?」と声をかけていただき、それが契機となり本気で木工を始めようと思ったのだとか。
その後も雑貨店の方からの紹介で、店舗内装を主に行う家具屋さんで一年ほど勤務し、そこで機械の使い方や技法を勉強。それを終えた後、朝倉さんは現在の工房を建設し、自身の木工作品に集中できる環境に身を置いたのでした。
▲工房にはたくさんの木材のストックが。製材した木は3~4年寝かせて、ようやく作品づくりに使えるようになるのだそう。
■クラフトユニット『ドモク堂』の結成
「ドモク」という言葉は、「土」と「木」を合わせて作ったもの。「木」は朝倉さんの作品のことですが、実は「土」というのは栃木県益子市で作陶されているお義父様・お義母様の、『陶房かとう』による陶芸作品のことなのです。最初はそれぞれで活動していましたが、陶房かとうの個展に朝倉さんの作品を出品することになり、その際につけたユニット名が『ドモク堂』でした。
今回はじめて両者の作品を拝見し、「土と木」という身近な自然の中に存在する材料でつくられた朝倉さんたちの作品には、使う人の日常を豊かにしてくれそうな優しい風合いを感じました。
▲最近はユニットでの活動も少なくなっていたそうですが、近いうちに企画展を開く計画も立てておられるそうです!
次の記事では朝倉さんにとっての地元の暮らし、そして作品にかける思いについてご紹介します。
続きはこちら→〈暮らしに寄り添う|記憶の中で見つけたものづくりの道②〉
幼少期の思い出、地元への回帰…。朝倉さんのお話を聞いていると、自分自身の人生のヒントは案外身近なところに隠れているのかもしれないと思いました。