6月中旬、自然栽培で野菜を育てる「いのちの土の農園」を訪ねました。向かったのは、鳥取県鳥取市佐治町。
ご案内してくれたのは多田伸治(ただ しんじ)さんです。
いのちの土の農園 多田さん。大阪府ご出身で、Iターンで鳥取へ。無肥料・無農薬・無除草剤で野菜やお米を作られる生産者さんです。
標高450メートルの森の中にある農園
ホーホケキョ…ピチュピチュ…と鳥の鳴き声が響く、標高450メートルの森の中に多田さんの農園はあります。
佐治町は「星降る町 佐治」と呼ぶほど美しい星空が見える場所。昔から、果樹園も多く梨の産地でもあります。冬は雪深く、畑に土が見え出すのは3月ごろ。その頃から、多田さんの夏野菜づくりの準備も始まります。
車1台がようやく通れる小道を抜け、小高い丘を登ったところに多田さんの畑はあります。畑の先には山が広がり、最高のロケーション。昼夜の寒暖差が大きく、おいしい野菜が育ちます。
農園の広さは約1000坪。そこに、いんげん、きゅうり、パプリカ、キャベツ、スナップエンドウ、サニーレタスなど、約50種類の野菜を育てておられます。
キャベツ 朝夕は気温がぐっと下がり、葉がやわらかく甘くなります。
多品種を詰め合わせた野菜ボックス用に、シーズンごとにたくさんの種類の野菜を育てておられます。
野菜の生命力を引き出す
多田さんの自然栽培では、肥料や農薬、除草剤を一切使っておられません。
そして、固定種と自家採取の種をまき苗から野菜を育てます。夏野菜のほとんどは自家採取された種から育てたもの。トマトなどは種をつないで約10年ほどになるそうです。
土には落ち葉やもみ殻、廃菌床などの有機物を用いて土壌の微生物を豊かにして、野菜の生命力を引き出しています。虫を敵とせず共存しながら、環境負担が少なく土地にあった作物の育成に取り組んでおられます。
多田さんの農園で育つ野菜を見て一番最初に感じたことは、「緑が明るい!」ということ。葉っぱの色が新芽に近い若草色をしていて、畑全体が明るく感じました。
トマトやピーマンなどの夏野菜の葉は、深緑のような濃い色をイメージするのですが多田さん曰く、肥料を使ってない野菜は葉の色を明るく感じるそうです。
トマトの葉が明るい!風にそよいでゆらゆら気持ち良さそうです。
慣行栽培に比べると、育つ速度はゆっくりだそうです。野菜の生命力を信じます。
調べて実践してを、しつこく、しぶとく
多田さんが自然栽培をやってみたいと思ったきっかけは、インターネットで自然栽培の関連記事を見たことから。もともと農業には興味があり、地域おこし協力隊の制度を使って鳥取県へ移住されました。
「実際ご自身でやってみられて、どうでしたか?」
とお尋ねしてみたところ、
「一番最初の年はなんだか上手くいきましたね。耕作放棄地を開墾して畑にしたんですが、その時はガンガン育って、『あー、こんなに簡単にできるんだ』って。だけど2年、3年と続けていくとだんだん弱々しくなってうまく育ちませんでした。このあたりからが実力の差ですよね。それでもしつこく、しぶとくやっていくと、こんな感じで元気に育ってくれたりするんですけどね。」
収穫中の野菜を触る手もやさしい。葉物野菜も生育時期を見極めて育てれば、虫食いはあっても全滅するような被害もなく育てられるそう。
現在の畑がある場所は、元々10年以上放置された果樹園跡地。
木や草が生い茂るジャングルのような状態から整備して10m×20mの大きさの畑からスタート。
慣行栽培ではないため近くに教えてくれる人もおらず、頼りにしてきたのは、もっぱらインターネットの情報でした。一度調べて、とにかく自分でやってみるの繰り返しから、知識と経験が蓄積されていったそうです。
お野菜の他は、明治時代の古い希少なお米「旭」、「亀ノ尾」など、現在のこしひかりのルーツとなる品種の米も育てておられます。一握りの籾を購入して、育て方を調べて実践を繰り返し、少しずつ収量を増やして来られました。
田植えが終わったばかりの田んぼの様子。除草剤も一切使用しないので、鎖をつけた木の板を田んぼ中引きずって草を抑えるそうです。
「じゃがいもの花が綺麗ですよ」と教えていただき、芋畑の方も案内していただきました。多田さんのお芋は購入者の方に大変好評なのだそうです。
「自然栽培だと収量も少ないですし、失敗もありますよ。だけど、畑にいると鳥の声がすぐそばで聞こえてきて、割と気にいっているんです」
お話しするとやさしい笑顔でいろいろと教えてくださる多田さん。
ご案内をしてくださる途中にも、近くの果樹園や佐治谷のことなどを教えてくださり、この場所に愛着を感じながら自然に寄り添って農業をする多田さんを感じることができました。
清々しい空気に満ちた「いのちの土の農園」。
多田さんの愛情をいっぱいに受けて育つ野菜は、山からの風を受けながらキラキラと光ってみえました。
多田さんの畑からは、昔カブトムシの幼虫を探しに森に分け入った時に嗅いだような土の匂いがしました。土のいのちを感じる野菜を大切にいただきたいですね。