食の探訪録|奥出雲前綿屋なごみ庵

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編集長

さんいん キラリ

前々から気になっていた島根県邑南町にあった蕎麦屋「なごみ庵」が、昨年、雲南市吉田町に移転したと知って先月予約せずに行ってみると、12時で「蕎麦がなくなりました」の案内看板が。今回は予約して再訪した。

 
松江道雲南吉田ICを降りて車で5分、たたら鍛治工房横の建物には紺色の暖簾が揺れていた。凍える寒さの山深いこの店だけを目指して平日でも行列つくる人気店だ。

店名も「奥出雲前綿屋なごみ庵」となり、たたら場を模した開放的な古民家風店内には所々に油絵や墨絵が飾られ、蕎麦屋では珍しく中央に配置された真新しいオープンキッチンのカウンター席に、上質なむしろが敷かれた座敷席と個室が入り口を背にして左右に分かれた配置になっていた。

 

お品書きを見ると、三瓶在来ソバを自家製粉手打ちの十割蕎麦が、出雲蕎麦と江戸蕎麦メニューで楽しめるようだ。氷点下となったこの日は、温かな人気メニューのごぼ天蕎麦を注文する。

出てきた一品に驚かされた。薄くスライスされた牛蒡天と麺の模様がまるで立体芸術作品のよう。先ずは天ぷらを一口。パリパリっと絶妙な揚げたて感と牛蒡の香りが広がって食欲そそられた。
お次に蕎麦を一箸啜ると、艶やかで十割独特のザラつきのない滑らかな喉越し、一本一本の麺が際立ったキレのある舌触りだ。

 
鰹と昆布でとった出汁とかえしの塩梅も心地よく、体をホッコリと優しく温めてくた。キラキラ輝く天ぷらから溶けた脂が浮き上がったおつゆを一口すると、こぼ天の香ばしさが染みた極上の味に思わずにやけてしまう。

時間が立ってもしなしなにならない天ぷらの技、上等な天ぷら屋だけで味わえる一品に出会った興味から店主に聞いてみた。

 
中学時代から食べ歩きが趣味で、大学、サラリーマン時代に全国で知られる蕎麦屋から和洋食店を食べ歩き、嵐山吉兆にも週末になると何度も食べにいきながら技を盗んだとか。終いに店主も根負けして天ぷらをコツを教えてくれたとか。
「当時は最強の素人」でしたと笑って答えるお話好きの店主。そんな方が本格的な蕎麦屋を始めるために脱サラして島根に移住されたとのこと。

 

感動しながらおつゆを一滴残さず平らげた。近いうちにざる蕎麦と天ぷらを食べに行くと告げて店をでた。オススメします。

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記事を書いたひと

「さんいんキラリ」は山陰の厳選された『食・工芸・人・地』を季刊で紹介する文化情報誌として2004 年に創刊しました。
四季毎にさまざまなテーマで特集される山陰の豊かな自然環境、暮らしのなかで育まれた旨い料理に手仕事の工芸などを紹介し、山陰だけでなく全国の書店で販売されています。37 号から山陽方面まで取材エリアを広げ、山陰山陽の魅力を美しい写真と文章で綴っている情報誌です。