〈前回の記事はこちら→自分の表現したいことを形づくる。小さな町だからできること|鳥取を旅する③〉
古本の町に愛おしい空間を
森木さんと同年代の女性が、古本と金継ぎの店を吉方町で営んでいると聞き商店街を離れる。住宅街の一角で見つけた趣のある木製の扉。元ラムネ工場を改装したノスタルジックな店内は、郷土誌やサブカル本などさまざまな古本が所せましと並び、頭上にも本棚の橋が架かる。帳場のカウンターには金継された小さな器。その奥から店主の前田さんが顔をのぞかせて出迎えてくれた。
鳥取出身の前田さんが、古書店の魅力と出会ったのは東京の美大在学中。「駅の路地裏で小さな古本屋を見つけるのが好きで。雑然と並ぶ本の山に、思いがけない出会いがあるんです」と宝探しのように巡った。大学卒業後は鳥取民藝美術館の学芸員を務め、退職後は企業に就職。2012年、一念発起して邯鄲堂を開いた。
郷土史や純文学、絵本、サブカル本などさまざまなジャンルの本が店内を埋め尽くす。地元の認知度も上がり、これらの本はほとんど地元の人から買い取ったものだ。
鳥取だから意味がある
「古本屋がないことが寂しい。じゃあつくってしまおう」と、鳥取駅前に小さな物件を借りた。店名は中国の故事成語「邯鄲の夢」にちなむ。「人生は夢のようにはいかないもの、という意味。特別なことを始めるわけじゃないんだと、自分の背中を押すつもりで名づけました」。3年目に常連客の建築家から「祖父母の家を使ってほしい」と申し出があり今の物件に移転。駅からは離れたが、かえって熱心な古本ファンが通うようになり、独学で始めた金継ぎも依頼が入っている。
趣のある外観が目を引く。同じ建物内で英語教室が開かれ、生徒の子どもから大人まで邯鄲堂の中を抜けて教室に通う。
独学で始めた金継ぎは、天然うるしを使う。金や赤などの仕上げの色によって作品の雰囲気も変わる。
「お金儲けにはならないし、東京だったらこの店は1年ももたないでしょう。鳥取で古本屋をすることに意味があると思っています」。前田さんに再訪を誓い、扉を開けると外は車が行き交う現実の世界。本の匂いに包まれた、一瞬の夢のような時間であった。
出典:さんいんキラリ 秋号 No.50
古びた町並みに同化した店先は、注意していないと通りすぎてしまいそう。町から消えゆく古本屋、「ないならつくってしまおう」と、店主の思いがあらわれた店名。鷗外全集や山積みされた古本から漂う“知”の香りを枕に、昭和探訪の夢に誘われます。