大自然に囲まれた鳥取県八頭郡若桜町。野生の菌を用いて昔ながらの美味しいお味噌を作っておられる、藤原みそこうじ店・藤原啓司さんを訪ねました。
▲藤原みそこうじ店の藤原さんご夫妻。
若桜で味噌づくりを始める
藤原さんがお味噌づくりをされる最初のきっかけとなったのは、大学を卒業後に農業をしたいと就いた仕事でたまたま味噌部門に配属されたこと。それまで「麹(こうじ)」もよく知らなかったという藤原さんは、麹作りの現場を目の当たりにし、大きな衝撃を受けたのだとおっしゃいます。
味噌や醤油、酢、酒、みりんなど、和食には欠かせない調味料を作るために必要な麹は、日本の食文化を支えている存在。そのことを改めて知らされ、良く知らなかったことについて「すごく恥ずかしい」という気持ちとともに、「もっと勉強したい!」という思いが芽生えたのだそう。こうしてお味噌と麹の虜になった藤原さんは、京都の味噌屋さんで10年近く修行を積み、約5年前に若桜町へ移住、藤原みそこうじ店を始められたのです。
▲若桜の閑静な通りにある藤原みそこうじ店さん。自然の緑に囲まれた優しい雰囲気の街並みです。
もともとは岡山県のご出身という藤原さん。なぜ若桜町で味噌づくりをされているのか、その理由が気になったのでお尋ねしてみました。
「一番は水。味噌は固形物だけど約50%は水分で出来ているので、水の良し悪しで随分と左右されます。水には妥協したくない、山からの水を使いたいという思いから移住先を探していたところ、たまたま縁あって若桜町に出会いました。」と藤原さん。
なんでも、若桜町に流れる水は、口当たりが柔らかくほのかに甘いため、とても美味しいのだそう。また、若桜町はいくつかの谷で成り立っている地形なので、谷ごとに地形が異なる分水の味や性質が様々で、味噌づくりの際には使い分けもできるのが面白いポイントなのだと教えてくださいました。
同じ若桜町内でも採水する場所ごとに水の味が違うこと、また美味しいお味噌を作るために水の違いにまで目を付けられていることに、とっても驚きました。
画像提供:藤原みそこうじ店
野生麹菌で仕込む
藤原さんの味噌づくりには、まだまだ驚くべきポイントが盛り沢山。
藤原みそこうじ店さんのお味噌には、自然栽培で育てた素材を使用した「自然」シリーズ、栽培期間中農薬・化学肥料を使わず育てた素材を使用した「恵み」シリーズ、日常使いにぴったりな「日々」シリーズの3タイプがあるのですが、特にお話を伺う中で印象的だったのは「自然」シリーズのお味噌の作り方でした。
この「自然」シリーズを作る最初の工程は、簡単に言うと「空気中に舞っている野生麴菌を採取すること」。
この採取方法でお味噌を作っているのは全国的にも珍しいそうで、とても難しいことなのだそうです。
画像提供:藤原みそこうじ店
野生の麹菌を採取するのは、藤原さんのご自宅兼工房にある庭。お米など味噌の素材となるものを置いておくと、自然とそこに野生麹菌が降りてきてくれるのだそう。
「置いておくお米は自然栽培のもの。無肥料・無農薬でないとなかなか降りてきてくれないんですよ。かと言って誰が作ったお米でもいいわけではないので、降りてくること自体が奇跡なんです。」
藤原さんは試行錯誤をしながら、若桜の自然環境と岡山県・蒜山耕藝さんのお米なら、この”奇跡”が起きる確率が高いことを発見されたのだそう。こうして採取できる野生麹菌を「FWH(fujiwara.wakasa.hiruzen)」天然麹菌1号と名付け、現在は多くの商品で使用されています。
「最初は何が麹菌か分からなかったけど、それでも少しずつ採取して麹にしているうちに、何が麹菌なのか大体わかるようになるんです。」とお話くださり、本当に数々の挑戦と経験を積まれているのだなと感じました。
簡単にできないことが面白い
藤原さんが作られる味噌の素材となるのは米、大麦、大豆。そして、野生麹菌を降ろす(採取する)際は、それぞれの素材ごとに分けておられるそう。また、そうして採取した後、お米で作る味噌にはお米で降ろした麹菌で麹を作り、同じように大麦や大豆で作る味噌にはそれぞれ同じ素材で降ろした麴菌を使用されるのだそうです。
このように麹菌を使い分けておられる理由は、「野生麴菌にも好みがあるから」なのだと言われます。
例えば大豆に降りてきた麹菌を採取してお米を麹にしようとすると、元気がなく良い発酵をしてくれません。この現象が起こるのは、野生菌がそれぞれの素材を好んで降りてきてくれているから、麹菌にも好き嫌いのようなものがあるからとのこと。良い発酵をせずに麹菌の勢力が増したときには、変なにおいがしてくるのだそうです。(このお話を伺っているあたりから、私は麹菌にちょっとした愛着を感じ、本当に存在しているのだなという感覚に…。)
これだけでもかなり難しく、藤原さんが素材や環境にこだわりながら作っておられる様子を感じられたのですが、「だけど、お米に降ろしたからといって良い米麹ができるとも限らない」とのこと。採取するまでも難しいけれど、その後の麹にする工程もまた難しく、先が読めないことばかりなのだそう。
「今までの成功例が失敗したり、反対に失敗例が必ず失敗するとも限らないので、野生の菌はどんな変化をするのかが読めず難しい。気を緩めすぎても、張り詰めすぎても失敗するんです。そのときの菌の気持ちをいかに読み取れるかが重要ですね。簡単にできないのが面白いです。」と藤原さん。
私の頭の中では想像もできないほどに、お味噌づくりはまだまだ奥が深いのだと実感しました。
▲ お米は自分たちの手でも栽培されています。現在栽培されているのは、同じ山陰地方の島根県安来市の在来種「かめじ」 。 「日本人として大事な精神性は田んぼから教えてもらえます。」との一言がとても印象的でした。 (藤原みそこうじ店 Instagramより引用)
▲稲刈り後のお米。農薬を使わないで育てるため、とっても大変な作業になるようです。(藤原みそこうじ店 Instagramより引用)
環境の変化とこれから
長い年月の経過による技術の発展や暮らし方・環境の変化に伴い、藤原さんのように天然醸造でお味噌を作ること自体がだんだんと難しい状況になっているのだとおっしゃいます。
例えば、藤原さんは、味噌の素材となるお米には「なるべく古い品種」を自然栽培で育てたものを使用されているのですが、在来種系のお米を無肥料・無農薬で育てることはとても難しいことで、そのように栽培をされている農家さんがほとんどいないこともその原因のひとつ。現在は鳥取県内や九州、東北など、菌にとって優しくて古い品種を種をつないでいる農家さんと手を取り、農家さんを応援する想いもありながら美味しい味噌づくりをされているのだそうです。
画像提供:藤原みそこうじ店
また、ここ数年の異常気象や人々の認識の変化なども深く関係のあることと言えます。確かに、天然醸造のお味噌が作れるのはそれに適した自然環境があるからで、長い年月をかけて少しずつ気候や自然環境が変化していくと、それまでと同じ方法では困難になってしまいそうです。
更にはウイルス感染症のこともあり、今や同じ微生物である「菌も嫌われる時代」に。
「本当は人間にとって有益な菌もいるので、少しでも挽回したい。発酵業界に携わる者として、役目は果たしていかないといけないと思っています」
藤原さんのこの言葉には、本当に美味しい味噌を作りたいという熱い想いに加え、日本の食文化を支える発酵業界、また目に見えない菌をも守りたいという強い意志を感じました。
「お味噌があるだけで、とても安心感がありますね」と藤原さん。私たちも、こうした想いで大切に育てられたお味噌の力をいただいて、元気に過ごしていきたいですね。
#鳥取 #手作り #作る人
これまで生活してきたなかで、意識したことが無かった野生麹菌を初めて意識した日。本当に美味しい食品とは、自然の元で成り立つものなのだなと改めて実感できる、貴重な1日になりました。