今年は暖冬とはいえ、キーンと冷えた空気が広がる2月。
もうもうと湯気があがる中、蔵人たちの「そーれっ」「せーのっ」と、威勢のある声が聞こえます。今回訪ねたのは、鳥取県東伯郡琴浦町にある大谷酒造さん。明治5年創業の150年以上続く蔵元です。
代表銘柄は「鷹勇(たかいさみ)」。
愛鳥家だった初代当主が、悠々と大空を飛ぶ鷹の姿から名付けられたそう。酒造りの環境に恵まれていて、仕込み水には蔵元近くの絶滅危惧種の生物も生息する集落より地下水を汲んできて使用されています。とろりとした舌ざわりを感じる超軟水です。
現在は、8名~13名が酒造りに携わり、酒造りを始めて4、5年目の若いスタッフも多く従事しています。
▲お話をお伺いしたのは大谷酒造の杜氏、中元啓太さん。職人集団を束ねる、酒造りの最高責任者。
感謝の気持ちを胸に、自家精米で米を磨く。
酒米には、鳥取県産の酒造好適米、玉栄、強力、山田錦などを使用し、現在は行う蔵も少なくなってきている、自家精米を行っています。
自家精米は、かなり重労働なのに加え、磨いた米の管理はもちろん大量に出るぬかの運搬など、大変なことも多いそうです。しかし、それらを引換えにしても、自分たちで米の状態を見極めながら、酒に合った磨き方ができるのは大きなメリットなのだそうです。
さらに「農家さんが丹精込めて作ってくれたお米への感謝の気持ちをすごく感じられるんですよ」と、教えていただきました。
▲精米をしたばかりのお米をすくって見せてくださる手に、農家さんへのたくさんの愛情を感じます。
未知だった、ラカンセア酵母に挑む。
大谷酒造では、数年前から新しい挑戦もされています。
地元の二十世紀梨、岡山県のシャインマスカットから採取した「ラカンセア酵母」を使った日本酒です。ラカンセア酵母を使った日本酒造りは前例がなく、ガイドラインもない状態でした。
従来の酵母とどんな違い、変化がもたらされるのかは想像の範疇でしかありません。とにかく色々な人に意見を聞きながら、勘を頼りに酵母を元気にするタイミングや方法を探りました。それがうまくはまり、製品化にこぎつけることになったのです。
「試験製造をせず、ぶっつけ本番で仕込んだのも良かったかもしれません。追い込まれるほど力が発揮できるのが私たちなんです(笑)」と、当時を振り返る中元さん。
▲蒸し米の様子。やけどしそうな熱い湯気が上がる中、すばやく蒸しあがったばかりの米を次の作業へ移していきます。
▲蒸米は、手につかない程よい固さ。熱々をいただき嬉しかったです。
飲み手へ、新しい選択肢を。
現在は、大山のミズナラ、地元中学校の桜、二十世紀梨、シャインマスカットの4種類のラカンセア酵母で日本酒が造られています。
ラカンセア酵母を使った日本酒は、それぞれ味わいに違いがあるものの、フルーティでほどよい酸味があり、普段日本酒を飲まない方でも飲みやすい印象を受けます。
「地元の産物を使って地域活性化になる日本酒が作れたら、と思いスタートしましたが、飲む方へ新しい選択肢を与えることができたなら、それが嬉しいですね」と、中元さんは言われます。
大谷酒造の新たなチャレンジによって生まれた新感覚の日本酒は、これからさらに花開いていくことでしょう。
▲鳥取県湯梨浜町の東郷地区で栽培された二十世紀梨から採取したラカンセア酵母仕込の純米酒。鳥取県立倉吉農業高等学校さんにて栽培された縁結び米を使用した特別仕様で、フルーティで飲みやすい。「令和5年度『食パラダイス鳥取県』特産品コンクール」において酒類部門の最優秀賞を受賞。
目指すのは、常温で飲んで、しっかり骨のある酒。
最後に、これからの大谷酒造はどんな酒を作っていきますか?とお尋ねしたところ、
「山陰では、燗酒の文化が根付いていますが、特色は大切にしながらも、飲む人が好きな飲み方を選び、楽しめることが大前提だと思うんです。そのためには常温で飲んだ時に、しっかり骨のある酒を造ることは意識しています。冷やしても、温めても崩れない。どう飲んだとしても『やっぱり鷹勇はうまい』といっていただけるそんな酒造りがしたいですね」と、力強い言葉に、どこまでも品質を追求し、慣習にとらわれない挑戦的な大谷酒造の心意気を感じます。
冷やでも燗でも、ロックでも。おおらかに飲み手を受けとめてくれる鷹勇で、今宵も晩酌を楽しみたい!つまみは何にしようかな、と思い巡らせる私なのでした。
▲鷹勇の最高級酒である「純米大吟醸 吟麗」は醪を袋に入れ、自然の重力だけで滴り落ちる部分だけを集めたお酒です。
▲鷹勇吟醸なかだれ 大谷酒造の人気の定番酒。口当たりが良くなめらかで、口中に芳醇な香りが広がる珠玉の1本です。
大江ノ郷自然牧場で働きながら、とりのひと編集室スタッフとして取材に行った内容をもとにした記事を書いています。生産者さんのお話をきくのが大好き!人となりや商品の魅力が伝えていけるよう日々邁進しています。